November 2007
November 12, 2007
コーヒーピープル:Peet's Coffee founder アルフレッド ピーツ氏
こんばんは。
もう大分前の話になってしまいましたが、、お亡くなりになりましたね、アルフレッド ピーツ氏(1920-2007)。
ご存知の方も数多くいらっしゃると思いますが、“スペシャルティコーヒーの祖父”と呼ばれたアメリカカリフォルニアに本拠地を持つPeet's Coffee & Teaの創設者です。
(前から書こう書こうと思っていて、書き損なってました)
今年2007年8月29日に訃報をネットで見て、静かにショックを受けた私。
何しろ、ほんの数週間前にゾッカオーナーのジェフさんと彼の話をしていて、機会があったらぜひ会うべきだよ、と言われていました。もちろん、その時にはリタイアされていたので、なかなか会えるような方ではなかったと思うんですけどね。
でも、私もお会いしてみたい方でした。
やはり、スペシャルティコーヒーの歴史の始まりは、ピーツコーヒーから始まったのでは、、と思っているので。。
◆紅茶からコーヒーへ◆
ピーツ氏は、1920年にオランダで生まれます。第二次世界大戦前にアルクマールという土地でアルフレッドの父親が小さなコーヒー焙煎店を始めました。
少年だったアルフレッドは、マシンの清掃やこまごました仕事を手伝っていました。
戦時中、ドイツの侵略を受けたオランダで色々な経験をしたアルフレッドは、戦争が終わるとロンドンのリプトン紅茶に見習いとして入ります。
その後、依然オランダの植民地であったインドネシアに移り、紅茶業界で働きました。
しかし、1955年にサンフランシスコへ移住します。
ここで彼の原点に戻る機会がやってきました。
コーヒーの輸入業者に職を得るのですが、サンフランシスコに入荷してくるコーヒーはどれもこれも品質の低い物ばかり。
つのる苛立ちに、彼は自分で何かしなければと決意を固めます。
なぜなら、自分の父がオランダで焙煎していた頃の豆、コスタリカやグアテマラ、東アフリカの高地から買っていたコーヒー豆の素晴らしさを忘れられなかったからです。
◆コーヒー◆
こうして、アルフレッドは高品質な豆のための焙煎施設を探し始めます。
カナダのバンクーバーなども含め様々な土地を巡り、辿り着いたのが、友人が紹介してくれたバークレーの海岸沿い。
ここに小さな店と裏手に焙煎施設を構え、コーヒー革命が始まったのです。
生産者達とのカッピングや愛好者とのブレンド作りなどを行ったりするなど、従来のコーヒーとは異なる方法で高品質なコーヒーを提供し続けました。
バークレー校の学生達や近隣の住民達がこぞって押し掛ける大人気店となりました。
そして、続々とお店をオープンし、スーパーなどでも購入できるようになっていきます。
高品質なコーヒーが誰でも手軽に楽しめるようになっていったのです。
1983年に引退するまで本当に数多くのファンを生み出し(ピーツコーヒーを求めて日に何度もやってくる常連は自らを"peetniks"と当初呼び、徐々にピーツの従業員を差すようになる)、ピーツの引退が惜しまれました。
彼は、自分の人生を振り返ってみて、、と尋ねられた時、こう答えたそうです。
「コーヒーが私の人生を語ってくれる」
まさに、コーヒーに一生を捧げた方の言葉だと思いました。
心よりご冥福をお祈り申しあげます。
Peet's Coffee & Teaウェブサイトはこちらから
***
余談ですが、西海岸のコーヒーハウスは(私はシアトルぐらいしか知りませんが)、コーヒーと紅茶を一緒に扱っているお店が多いですよね。
これもピーツコーヒーの影響なのでしょうか??
もう大分前の話になってしまいましたが、、お亡くなりになりましたね、アルフレッド ピーツ氏(1920-2007)。
ご存知の方も数多くいらっしゃると思いますが、“スペシャルティコーヒーの祖父”と呼ばれたアメリカカリフォルニアに本拠地を持つPeet's Coffee & Teaの創設者です。
(前から書こう書こうと思っていて、書き損なってました)
今年2007年8月29日に訃報をネットで見て、静かにショックを受けた私。
何しろ、ほんの数週間前にゾッカオーナーのジェフさんと彼の話をしていて、機会があったらぜひ会うべきだよ、と言われていました。もちろん、その時にはリタイアされていたので、なかなか会えるような方ではなかったと思うんですけどね。
でも、私もお会いしてみたい方でした。
やはり、スペシャルティコーヒーの歴史の始まりは、ピーツコーヒーから始まったのでは、、と思っているので。。
◆紅茶からコーヒーへ◆
ピーツ氏は、1920年にオランダで生まれます。第二次世界大戦前にアルクマールという土地でアルフレッドの父親が小さなコーヒー焙煎店を始めました。少年だったアルフレッドは、マシンの清掃やこまごました仕事を手伝っていました。
戦時中、ドイツの侵略を受けたオランダで色々な経験をしたアルフレッドは、戦争が終わるとロンドンのリプトン紅茶に見習いとして入ります。
その後、依然オランダの植民地であったインドネシアに移り、紅茶業界で働きました。
しかし、1955年にサンフランシスコへ移住します。
ここで彼の原点に戻る機会がやってきました。
コーヒーの輸入業者に職を得るのですが、サンフランシスコに入荷してくるコーヒーはどれもこれも品質の低い物ばかり。
つのる苛立ちに、彼は自分で何かしなければと決意を固めます。
なぜなら、自分の父がオランダで焙煎していた頃の豆、コスタリカやグアテマラ、東アフリカの高地から買っていたコーヒー豆の素晴らしさを忘れられなかったからです。
◆コーヒー◆
こうして、アルフレッドは高品質な豆のための焙煎施設を探し始めます。
カナダのバンクーバーなども含め様々な土地を巡り、辿り着いたのが、友人が紹介してくれたバークレーの海岸沿い。
ここに小さな店と裏手に焙煎施設を構え、コーヒー革命が始まったのです。
生産者達とのカッピングや愛好者とのブレンド作りなどを行ったりするなど、従来のコーヒーとは異なる方法で高品質なコーヒーを提供し続けました。
バークレー校の学生達や近隣の住民達がこぞって押し掛ける大人気店となりました。
そして、続々とお店をオープンし、スーパーなどでも購入できるようになっていきます。
高品質なコーヒーが誰でも手軽に楽しめるようになっていったのです。
1983年に引退するまで本当に数多くのファンを生み出し(ピーツコーヒーを求めて日に何度もやってくる常連は自らを"peetniks"と当初呼び、徐々にピーツの従業員を差すようになる)、ピーツの引退が惜しまれました。
彼は、自分の人生を振り返ってみて、、と尋ねられた時、こう答えたそうです。
「コーヒーが私の人生を語ってくれる」
まさに、コーヒーに一生を捧げた方の言葉だと思いました。
心よりご冥福をお祈り申しあげます。
Peet's Coffee & Teaウェブサイトはこちらから
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余談ですが、西海岸のコーヒーハウスは(私はシアトルぐらいしか知りませんが)、コーヒーと紅茶を一緒に扱っているお店が多いですよね。
これもピーツコーヒーの影響なのでしょうか??

